新川という地域は、東京メトロ日比谷線八丁堀駅、または東西線茅場町駅のいずれかに属している。サラリーマン時代この界隈に取引先があり、接待でよく飲み食いしたものである。
「小野、彼女たちにビールもってて、注いでこいよ」
「ええ、ナンパですか?」
「いいから、うまくやれよ」
と隣の席にはビシっとしたスーツ姿の頭の切れそうなOLが3人。
「あのー、ビールよろしかったらどうですか?」
「ワット?」
(ヤバっ、こいつら日本人じゃねーのかよ)
「まっ、まあどうぞどうぞ」
とここまできたら引き下がれない。頭の中を混乱させながら、半ば強引に彼女たちのグラスにビール注いでゆく。
「リアリー?」
僕はただヘラヘラしながら、たまらず先輩に振り返ると、すくっと立ち上がって、
「パードン。ホワイドンチュージョインアス?」
「イッツファニー、オーケー」
(えっ、なに言ってるんだかサッパリわかんねーよ)
この先輩はハワイ出身で、 14 歳の頃に日本に来た帰国子女、英語が達者なのだ。もう1人、取引先の後輩もまた英語が得意で、合流して飲み始めたのだが、僕はまるでついていけない。
「小野、なにか軽くロックでもポップスでも歌えよ」
「軽くって言われても……」
「いいんだよ、お前しゃべれないんだから。英語の歌は外人よりうまいからさ」
仕方なく場を盛り上げるため、ビートルズのドライブマイカーを、回りの客を気にしながら熱唱すると、
「グレイト、ネクスト」
「シャルウィーネクスト?」
「ウーン、スキヤキ、キャッハッハッハッハッ」
(なんじゃそれ、上を向いて歩こう、か?)
茅場町のある飲み屋での出来事。彼女たちは外資系の証券会社に勤めるOL。3人とも、どう見ても顔は日本人だが、思いっきりアメリカ人だった。