門前仲町を舞台に小説を書いていたことがあった。赤坂日枝神社の「山王祭」、神田明神の「神田祭」とともに、江戸三大祭に数えられる「深川八幡祭り」や、運河沿い、路地裏へ、その構想を練りに、しばしば足を運んだものである。
その当時( 20 年前)は、目立った料理屋は数える程度で、特に夜などは気分のいい居酒屋を見つけるのに苦労した。
物語のネタはないものかと、ある夜、友人に付き合ってもらい、この界隈を散策していた。
「哲ちゃん、哲ちゃんじゃない?」
と振り返ると、小料理屋風のスナックだろうか、その店の前に小奇麗な女性が、驚いたように僕たちを眺めていた。
「えー! 順子? なんでこんなところにいるんだよ」
「こんなところって、こっちの台詞よ」
友人とその彼女は、埼玉県浦和の小、中学時代の同級生だった。散策をやめて、そのまま彼女の店へお邪魔した。
店内は白木の一枚板のカウンターテーブル6席、テーブル2人席2卓の、こじんまりとした小料理屋で、ちょいと広めなカウンターの上には、5品ほどの大皿料理屋が並んでいた。
「バイトよ。いま新橋でOLやってるの」
2人は昔話に花が咲き、いい感じに酔っ払ったころに、ママが出勤してきたのだ。
「いらっしゃい」
36 、 7 歳ってところだろうか、小料理屋にはまるで似つかわしくない、赤毛のショートボブ、鼻、耳にピアスだらけ、ロケットが爆発した絵柄の黒地のTシャツは明らかにノーブラ、それも痩せているのに巨乳。腰に弾丸ベルトを巻き、赤地のプリーツチェックのミニに、黒タイツ、ごっついエンジニアブーツ姿は、もろパンクだ。小料理屋の女将だろう? 思わず友人と顔を見合わせてしまった。
でもママと目が合った途端、吸い込まれてしまって……。通ったね。そんな不思議なママ目当てに。店内はいつも男たちで賑わい、毎夜沈黙の競り合いだった。かなり年上だったし、果たしてママを落とすことができなかった……。この店、開店から1年余りで、六本木に移転したって聞いている。
結局、門前仲町を舞台にした小説は、未完のまま終わってしまった。