2007.7月 File.03

●今週の鳥肌店

上野・御徒町・湯島「昇龍」

●今週のおすすめ

上野・御徒町・湯島「デリー」 「池の端藪蕎麦」

●今週の裏メニュー

「飲み屋がつなぐ人の縁」

 

 

 


イラスト: 青木健

上野と御徒町の中ほどにある高架下の居酒屋で、 20 代の頃よく飲んだくれていた。といってもパチンコで小銭を稼いだときだけだが。

ある日、その居酒屋で仲間3人とホッピーを飲みながら、
「なんか面白いことないかな」
とぼやいていたら、 11 時ごろ、隣のテーブルにちょいと派手な劇団の女優風情の女が3人入ってきた。彼女たちも結構酔っていたようで、知らない間に合流し、即席の合コンが始まった。
「君たちなんの仕事してるの?」
「内緒、でも、なんに見える?」
「どこかの劇団の女優とか」
「すごい! 近いかな……。それよりあんたたちはナニ者?」
「うーん、オレはまだ学生で、この2人はサラリーマン」
「へー」
とこんな調子で6人強かに酔っていった。僕の向いに座っていた女がいつの間にか隣に座り、
「アタシ、アンタのこと知ってんだよね」
「ええ、オレのこと?」
「って言うか、年下の女にタメグチたたかれたりするの好きでしょう」

なに言ってるんだコイツ! 一瞬理解できなかったが、徐々に読めてきた。彼女は僕のパーソナリティーを分析して、勝手に性癖を作り上げて楽しんでいるようなのだ。だったらその遊びに便乗しようと、面白がって彼女に付き合ってみたのだ。
「やっぱねー。でもアンタも分析能力あるわね、アタシたちマジで劇団の女優やってるのよ。でもさ、生活大変なのよ。内緒だけど、SMクラブでバイトしてんのよ、ねーねー、あたしどっちだと思う?」
「女王様?」
「当たり。何人も変態男見てきてるからさ、わかるのよ、第一印象で」

うーん、まいった。変態男扱いされてしまっている。

「マジでSなの?」
「うーん、どっちかって言ったらね。まあ、これも演技の勉強だし、何かの肥やしになると思ってね。ちなみにこの2人、店ではM女役だけどね。そうそう、クラブにこれるほどお金持ってないみたいだからさ、個人教授してあげようか、この変態男!キャハハハハ」

いい加減面倒臭くなってきて、トイレに立って息抜きをした。テーブルに戻ってみると、その女が僕の友人の隣に座り泣きじゃくっているではないか、ワケがわからない。M女役と称された女が僕の隣に移っていたので、小声で、
「SMクラブでバイトしてるんだって?」
「ええ!なワケないでしょう。アタシたち有楽町の『北○○○』っていう飲み屋のバイト仲間よ」
「なんだそれ、劇団やってるんだよね」
「ぜんぜん、アタシが生地問屋の経理で、この人が花屋の店員、あの泣いているのがブティックの売り子、仕事2つ掛け持ちしないと生活できないのよ」

まったく僕の分析もあてならない。それよりあの女は変わっている。
「彼女、小説書いてるみたいね、酔うといつも自分の世界作り上げてワケのわかんないこと言い始めるのよ、面白いけどね」

数日後、3人で有楽町の彼女たちの働いている店に行くと、
「いらっしゃいませ」
とあの女、僕たちの顔を見た途端どこかへ消えてしまった。
「来てくれたんだ」
と生地問屋の女。
「彼女どうしちゃったの?」
「自己嫌悪、恥ずかしくて顔出せないんだってさ」

なんと数年後に、この友人2人と、ブティックの女と生地問屋の女がめでたく結婚してしまったのだ。あれから二十数年。現在もたまに会って酒を飲んでいる仲なのだ。上野での不思議な縁だった。